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| トラウマ |
| 今回は小さな頃の話です、私が覚えている一番古い記憶は、痛みで泣いている事と、入院している光景をを思い出します。 私の病名はあえて伏せさせて頂きますが、先天性のもので難病の一つです、現在は治療法が進歩し、月に一度程の通院で済んでいますが、小さな頃は具合が悪くなる度に入院で、期間は短くて一週間、長い時で半年ほどの入院生活を繰り返していました。 当然、子供ですから小児病棟への入院になります、10歳ぐらいまで通っていた病院は、小児病棟は5階に在り、完全看護で面会は19時まで、母によると5.6歳の頃は毎日、面会時間が終わる頃になると、ビービー泣いて、帰る時、建物の外からでも5階で泣いている声が聞こえたそうです。゜゜(´□`。)°゜。ワーン!!はずかしっ! その病院での記憶はあまり残って無いのですが、今でも時々思い出す人が二人、一人はその時代、大変問題になっていた、薬害、サリドマイド児のまーちゃん、もう一人は、おそらく脳性麻痺で、寝たきり、名前は覚えて無いのですが、夜になると聞こえるうめき声が今も耳に残ります。 その二人が、その後どうなったかは、知るよしもありませんが、気になったのは、私が半年間の入院中に、その二人の家族が一度も面会に来なかった事です、それぞれの家族の事情ですので、わたしは何もコメントする事はできませんが・・・ その後、信頼する主治医の転勤により、その先生に付いて行く形で病院を変わりました。 その小児病棟は、難病の子が多く長期入院しており、原則完全看護なのですが、その当時小児病棟では付き添いが許されていました。 現在、子を持つ親になり、その当時の事を考えると、本人、付き添いのお母さんが大変な事はもちろんですけど、家で待っている兄弟、お父さん、そして祖父母の気持ちを考えると、胸が締め付けられる思いです。 私には兄がいますが、私が生まれた後、親の愛情を独り占めする形になり、兄には、子供の頃に寂しい思いをさせてしまいました、誰が悪い訳ではないのですが、兄には絶対に頭が上がりません。(兄弟仲は良好です) 入院が長くなると、同じ病室やベットから動ける子供同士、仲良くなります、その時代は病室にテレビすらなく、治療以外何もする事もないため、友達になるのに時間はかかりません、話をしたり、本の貸し借りをしたり、何の楽しみも無い入院生活の中で、唯一楽しいひとときです。 どちらかが退院するまでの付き合いがほとんどですが、もう一つの別れがあります。 子供の病状は回復も早いのですが、進行も早いのです、今日まで一緒に遊んでいた子が、翌日には面会謝絶の個室に移り、その数日後には空き部屋になり、消毒のために目張りがしてあると言った事を、何度も体験しました、又、自分が退院後に病棟を訪ね、「○○ちゃんは?」と聞いても、答えを濁される事も度々、いつしか小児病棟に近づく事は、入院以外なくなり、病院でも学校でも友達を作る事をしない、暗い子供になっていました。 学校も欠席が多く、当然のように陰湿ないじめに長年あっていました、まだ”本当の別れ”について、よく理解してない子供時代のそういった経験は、今でも引きずっていまして、20歳を越えた頃から40歳を越えた現在でも、小児病棟と学校に近づく事が出来ません。 |
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