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| 点字の歴史 |
| 点字(braille)が発明されるまでは、ひもの結び目で文字を表す結び文字、文字を木片に浮き彫りにした凸字、ロウ板に文字を型押ししたもの等で「読む」工夫をしていました。 現在の点字の原型となる物は1822年、フランス軍大尉のシャルル・バルビエ(1767〜1841)が夜間に触覚で読むことが出来る暗号用の文字として考案された物です、バルビエはこれを軍事目的だけでなく、盲人用文字として活用できないかと考え、改良を加えタテ6点、ヨコ2列の12点文字にして、パリの訓盲院にもちこみました。 1825年、バルビエが持ち込んだ暗号に興味を抱いたのは、パリの訓盲院の生徒であり、後に教員となったルイ・ブライユ(1809〜1852)でした、彼は、指で読むには複雑すぎる12点文字を改良し、1マスを3行2列の6点に改良し現在の6点点字を生み出しました、なんと彼が15才の時です。 しかし、この点字はすぐには認められず、パリ訓盲院でも採用されませんでした、その最大の理由は、点字を知らない人にとって点字は暗号のようなもので、墨字(一般の文字を点字に対して墨字と言います)との共通性がないことでした。 その後、彼は母校の教師をしながら点字の研究と改良を続け1852年他界、悔しくもその2年後の1854年フランスが国としてルイ・ブライユの点字を正式に認めました、英語の点字(braille:ブレール)はブライユに由来しています。 その後20世紀前半に欧米各国に普及していきました、又、アルファベット点字は音楽記号への変換が容易で、音楽を学ぶ視覚障害者たちに大きく貢献しています。 日本では、明治の初め頃パリの訓盲院やアメリカの盲学校を視察した人たちにより関連書籍が紹介されました、ただしこの頃はアルファベットの点字をそのままローマ字で書く煩雑なものでした。 1887年、東京盲亜学校でアルファベットをそのまま用いたローマ字方式の点字が導入されましたが、その煩雑さ故、東京盲亜学校ではローマ字でなく、日本語に合う点字への工夫、改良が研究され、教員や生徒が三つの案を考えました、1890年11月1日に選考会が行われ、教員の石川倉次(1859-1944)の案が採用されました、それが現在の日本語カナ点字の基礎となります、現在、11月1日は「点字記念日」となっています。 以後
前記しましたが、点字を知らない人にとって点字は暗号のようなものです、しかし、基本的なルールを憶えれば何とかなりそうな気がします、目で見てですが・・・、私は最近点字を見つけると指で触るようにしていますが触感だけではやはり分からない、どうしても目に頼ってしまいます。(私が鈍感なだけか?) ある方から頂いたメールに視覚障害者34万人のうち30万人は点字が読めないとの事でした、「えっ!そんなに少ない」と思いましたが点字の修得者が実際どれほどかは私には分かりません、中途障害の場合は習得にかなり時間がかかるでしょうから何となく納得出来る数字です。 これではユニバーサルデザインとして家電などに表示されている点字は役に立たないですね、点字ブロックや身近な点字のページを教育関係者と思われる方によく訪れて頂いています、おそらく授業の題材の資料探しでしょう。 私の年代では点字や手話などの授業はありませんでした、義務教育中に点字や手話の基本的な習得が出来ればどれだけ福祉社会が変わることか、つまり絶対数が増えるほど一部の特殊なものではなく、ユニバーサルデザインへ意識が変化するからです、教育関係者の方、どうか宜しくお願い致します。
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